「相続分が無いことの証明書」とは何のこと?
●相続分が無いことの証明書
私は、被相続人からすでに相続分を超える贈与を受けていますので、被相続人の死亡による相続について受けるべき相続分のないことを証明します。
平成○年○月○日 山田花子 印
●証明書
私は被相続人の相続財産については他の財産を取得したので次の不動産については相続分はありません。
平成○年○月○日 山田花子 印
「相続分が無いことの証明書」といわれるものです。
相続人が複数いる場合には、相続財産である不動産をそのだれかに単独で相続させるためには遺産分割協議が必要であり、遺産分割協議書が必要です。
しかしその遺産分割協議書なしで済ませるときにこの証明書が多用されます。実印を押し、印鑑証明書の添付が求められます。
相続人のうち一人がこの書類をだすとどうなるでしょうか。その相続人は生前に多額の贈与を受けた、つまり特別受益を受けていたので、この相続では相続分がない、ということになります。相続分が無いのであれば遺産分割協議書に印鑑がなくとも、この証明書があれば遺産分割協議書のかわりになります。
実際に贈与を受けていなくとも、この証明書があれば単独所有への相続登記は可能になります。実際に贈与を受けているのであればいいのですが、相続の登記手続きのための便法と使われることが多いようです。
実際に贈与を受けていないにもかかわらず、この書類をだすと他の相続人が不動産の登記をしてしまいます。
「簡単な書類だからいいか」と気楽に出されることも多いのですが、法律的にはこのような意味があり、またトラブルの元になることも多いようです。
なおこの書類を出すことで「私は相続放棄をした」と思ってしまうことも多いようです。これは相続放棄ではありません。相続を放棄するには、相続があったことを知った日から3ヶ月以内に家庭裁判所に対して、相続放棄の手続をする必要があります。
その手続きをしていないのですから、相続放棄ではありません。他の相続人に対して「私は何も要りません」と意思表示をしたことではありますが、相続放棄ではないのです。単なる私的な文書であり、また期間の定めもなく特別な手続も必要ないものです。
特に問題は亡くなった人が多額の借金等の債務を残した場合です。相続放棄をしていればその借金について負担する義務はなくなります。しかしこの「相続分が無いことの証明書」を出しただけでは相続放棄ではありませんから、借金だけを負担することにもなりすかねません。
このように、問題も多いので、安易に署名捺印すべきではなく、話し合いにより遺産分割協議書を作成したほうがいいのですが、それでもこの証明書をだすのであれば、その意味をよく理解してからにしてください。
なお下の判決のように、贈与を受けてもいないにもかかわらず強要された場合は無効になることもあります。逆に、すべて分かっていて作成した場合には、対象となる資産を相手に贈与したものとみなされることもあります。
■生前贈与を受けた事実がないにもかかわらず、贈与を受けた旨の内容虚偽の「相続分なきことの証明書」に押印したとしても、それにより相続分を失うことはない。
(名古屋地裁判決昭和50年11月11日)
■利害関係人名義の証明書には「被相続人より相続分に等しい贈与を受けているので、被相続人の死亡による相続につきその受くべき相続分はない。」の記載のうえ、同利害関係人の署名押印があるが、同書面は、抗告人側の圧力によって、やむをえず作成されたもので、必ずしも同利害関係人の真意に出たものといい難いことは、本件記録によって明らかである。
かりに、利害関係人において、生前贈与を受けたことを理由に相続分のないことを認めた事実があったとしても、現在利害関係人が相続分のあることを主張し、これに副う遺産の分与を求めている以上裁判所は持戻し贈与にあたる生前贈与があつたかどうかを検討し、これがなければ法定相続分により分割を実施すべく、あればこれを斟酌して民法903条の相続分を算定し、これに従った分割をなすべきである。
(大阪高裁決定昭和40年4月22日)
■共同相続人において被相続人名義の不動産を、1人の相続人の単独相続に困る所有権移転登記をするために、他の相続人が事実に反する特別受益者証明書を交付した場合は、その者が共同相続人として右不動産に対する自己の持分権を相手方に贈与したものと認めるのが相当な場合が少くなく、本件においても、前示認定の事実によれば、Aは、Bの求めにより、同人において本件建物を単独で相続することを承認し、その登記手続をさせるために前掲特別受益者証明書を作成交付し、以って本件建物に対する持分権を贈与したものと認めるのが相当である。
(大阪高裁判決昭和53年7月20日)
■相続分を超過する財産の贈与を受けた受贈者が作成した相続分がない旨の書面を添付して、他の相続人から相続登記の申請があったときは、その申請を受理するのが相当である。
(昭和8年11月21日民事甲1314号民事局長回答)