相続人全員の印鑑は必要?。預金の名義変更と引出し。
判例では、金銭債権は分割債権であり、相続開始と共に法律上当然に分割され、各相続人はその相続分に応じる権利を承継するとしています(最高裁昭和29年4月8日)。
そのために、 各相続人は遺産分割協議が成立しなくても、自らの法定相続分にしたがって銀行に払戻請求が出来ることになりますし、銀行預金はそもそも遺産分割の対象とならないということになります。(なお相続人全員が遺産分割協議の対象とすることに合意すれば、遺産分割協議の対象とすることができます。)
にもかかわらず銀行はそれに応じないのが普通です。相続人間の争いに巻き込まれたくないからです。銀行によって扱いは違うのですが、相続人全員の印鑑証明書添付の同意書等を求めるのが普通です。
多くのケースではここで諦めます。銀行とやりあうのであれば、以下をお読みになり、下記の判決をプリントして銀行に持ち込んで、銀行員とやりあいましょう。なお銀行により対応はかなり違います。
平成17年にある人が、東和銀行に800万円、三井住友銀行に20万円、日本郵政公社に1万円を残して亡くなりました。A子さんの法定相続分は4分の1です。遺産分割協議は整っていませんが、最高裁の判決に従えば、法定相続分相当額は銀行から払いだしてもらえるはずです。
しかし銀行や郵便局は相続人全員の印鑑証明等を求めたのです。A子さんは裁判で、銀行に対して「払い戻せ」と請求します。そして裁判に勝って払い戻しを受けることになりました。
銀行側は、次のように主張します。
(1)相続人たちによる遺産分割協議の対象とすることがこれからも可能なのだし、その合意が成立する余地がある間は、この銀行預金をだれが相続するのかはっきりしていないので、払い戻しの請求を拒否できるはずた。
(2)遺産分割協議が成立する前の段階では、金融機関の実務として相続人全員の同意の合意がなければ預金の払戻を行なわないという商慣習となっている。そうしなければ金融機関が相続人間の紛争に巻き込まれて二重払の危険を負うことにもなるからだ。そしてこういった取扱は一般にも周知された普遍的なものだ。
(3)だから払い戻しには応じないことができる。
これに対して裁判所は明確に答えます。
(1)相続人が何人かいるのであって、その相続財産中にの預貯金等の可分債権があれば、その債権は法律上当然分割され、各共同相続人は、その相続分に応じて、権利を承継するものと解される。だから、A子さんはその法定相続分に応じて、権利を承継したものとして、その払戻を請求することができる。
(2)銀行は担続人の間において.預金についての遺産分割協議が成立する可能性が存するから、払い戻さないというけれど、本件では、A子さんが裁判まで起こしているのだから、預金を遺産分割協議の対象としない意思は明らだ。だから遺産分割協議が成立する可能性はない。(相続人全員が合意すれば遺産分割協議の対象とすることができるのだけれども、裁判まで起こしているのだからその意思がないことは明確だし、遺産分割協議だって成立しない。)
(3)銀行は遺産分割協議が成立する前であれば、金融機関の実務として、相続人全員の同意で払戻を行うことが商慣習になっているから払戻しを受け付けないといっている。しかしこのA子さんの場合でも払い戻しに応じた他に金融機関があったのだからそのような商慣習があるとはいえない。
(4)だから銀行はA子さんに対して払い戻すべきだ。
また日本郵政公社は、次のように主張します。
(1)通常郵便貯金については、定額郵便貯金のような特別の制限は存しないので、確かに民法の一般原則に従って払い戻すことになるけれど、具体的相続分そのものが,遺言・遺産分割協議・特別受益等で法定相続分と異なってしまうことがある。だから法定相続分どおりに払い戻してしまうと後になって他の相続人から法定相続分と異なる払戻を請求されるおそれがある。だから払い戻しには応じない。
これに対しても裁判所は明確に答えます。
(2)確かに民法の一般原則で払い出すものだから法定相続分の割合で払いだせるものであり後日、他の相続人からこれと異なる払戻請求をされるおそれがあるからといって、払戻請求を拒否する理由にはならない。(特別受益等で争いがあったとしても別の財産でやればいい…ということでしょう。)
(東京地裁判決平成18年7月14日 確定)
なお日本郵政公社が「定額郵便貯金のような特別の制限は存しないので」といっていますが、定額郵便貯金は扱いが異なります。旧郵便貯金法7条1項3号で、「定額郵便貯金とは、一定の据置期間を定め、分割払戻しをしない条件で一定の金額を一時に預入するもの」となっています。そのために満期が到来するまでは分割ができずに、遺産分割協議が成立するまでは共有(準共有)が続くことになります。逆に言えば遺産分割協議が成立しなければ払い戻せないことになります。
以下判決文です。銀行の窓口でもめたらこの部分をプリントしてもって行きましょう。ただし「分かりました。弁護士をたててください」なんて言われてしまうかもしれませんが。
事実及び理由
第1 請求
主文と同旨。
第2 事案の概要
1 本件は、亡甲田太郎(以下「亡太郎」という。)の相続人の一人である原告が、被告らに対し、亡太郎の預貯金の相続人であるとして、法定相続分に従って払戻を請求したところ、被告らは、債権の帰属が未確定であるなどを理由に、その支払を争う事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか、認定事実末尾に掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定することができる事実)
(1)ア 亡太郎は、平成17年6月28日当時、被告東和銀行東大泉支店に、次の預金を有していた(《証拠略》)。
口座名義 甲田太郎
種別 普通預金
口座番号 《略》
残高 759万3321円
イ 亡太郎は、平成17年6月28日当時、被告三井住友銀行武蔵関支店に、次の預金を有していた(《証拠略》)。
口座名義 甲田太郎
種別 普通預金
口座番号 《略》
残高 23万8939円
ウ 亡太郎は、平成17年6月28日当時、被告日本郵政公社に対し、普通貯金残高9350円を有していた。
(2)亡太郎は、平成17年6月28日、死亡した。
(3)亡太郎には、別紙相続関係説明図《略》記載のとおり、相続人がおり、原告の法定相続分は、4分の1である(《証拠略》)。
3 当事者の主張
(1)被告東和銀行及び被告三井住友銀行
ア 債権の帰属が未確定である。
相続財産中の可分債権は法律上当然に分割され、各共同相続人はその相続分に応じて権利を承継するとしても、被相続人が生前有していた可分債権も共同相続人全員の合意によって、不可分債権に転化し、共同相続人らによる遺産分割協議の対象とすることが可能であり、債務者たる金融機関は、預金債権を遺産分割協議の対象に含めることについての合意が成立する余地がある間は、その帰属が未確定であることを理由に、請求を拒否できる。
そして、本件では、亡太郎の共同相続人の間において、本件預金に関する遺産分割協議が成立する可能性が存するから、被告東和銀行は、債権の帰属未確定を理由に、原告の払戻請求を拒否することができる。
イ 相続開始後、共同相続人間における遺産分割協議が成立する前においては、金融機関の実務として、共同相続人全員の同意に基づいて、共同相続人全員に対して一括して預金の払戻を行うことが慣行として行われており、これは事実たる商慣習となっている。なぜなら、金融機関にかかる取扱を認めなければ、金融機関が相続人間の紛争に巻き込まれる結果、二重払の危険を負うこととなるからである。そして、かかる取扱は、一般の預金者にも周知され普遍的なものとなっており、公知の事実ともいえるものである。
本件においては、亡太郎の共同相続人の本件預金の法定相続分の払戻について、いかなる意思を有するかは明らかではない。
また、上記のとおり、金融機関における上記商慣習が一般の預金者にとっても既知のものとなっていることからすれば、本件預金に関しても、上記商慣習に依るという合意が成立していたものと認められる。
したがって、被告東和銀行は、上記商慣習に基づき、原告の本件払戻請求を拒むことができる。
(2)被告東和銀行及び被告三井住友銀行の主張に対する原告の反論
ア 金銭その他の可分債権については、遺産分割前でも、民法427条の規定に照らし、各相続人が相続分の分割に応じ独立して同債権を取得するものと解するのが相当である。
仮に、例外的に預金債権を遺産分割協議の対象に含めることについての合意が成立する余地がある間は、その帰属が未確定であることを理由に請求を拒否することが可能である余地があるとしても、本件は、原告が本件払戻請求の訴訟を提起していることからも明らかなとおり、原告としては、本件預金を遺産分割協議の対象としない意思であることは明らかであって、遺産分割協議の対象に含めることについて、合意が成立する余地はない。
したがって、被告らが、債権の帰属が未確定であることを理由に本件払戻請求を拒否することはできない。
イ 現在、金融機関においても、法定相続分の支払に応じる金融機関も存在し、被告ら主張の事実たる商慣習は存在しない。
仮に、そのような商慣習が存在するとしても、最高裁判所の判例に違反する不当な商慣習であって、払戻を拒否する理由にはならない。
また、仮に、そのような事実たる慣習が行われていたとしても、民法92条の適用を受けるためには、単に同条にいう慣習が存在するだけでは足りず、さらに、当事者がその慣習による意思を有するものと認められなければならない。しかし、亡太郎は、一般顧客であり、銀行業務の本件のような取扱の存在について認識していたはずがなく、当然、そのような慣習に従う意思は有していたはずもない。したがって、上記商慣習を理由に払戻を拒否することはできない。
(3)被告日本郵政公社の主張
通常郵便貯金については、預入及び払戻について、定額郵便貯金のような特段の制限は存しないために、相続については、民法の一般原則に従うこととなるが、各相続人の具体的相続分は,遺言、遺産分割協議、特別受益等により、法定相続分と異なる場合があり得る。
したがって、仮に相続人とその法定相続分が判明し、被告日本郵政公社が相続人の一部からの請求に基づいて法定相続分どおりの払戻に応じたとしても、後日、他の相続人から法定相続分と異なる払戻を請求されるおそれがある。
それゆえ、本件において、相続関係や各相続人の法定相続分が原告の主張のとおりであるとしても、原告の真の具体的相続分が不明であるため、被告日本郵政公社は、本件通常貯金の払戻請求に応じることはできない。
(4)被告日本郵政公社の主張に対する原告の反論
相続人が数人あるときは、相続財産はその共有に属するものとされており(民法898条)、相続財産中に金銭その他の可分債権があるときは、その債権は法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものとされている(最高裁判所昭和29年4月8日判決・民集8巻4号819ページ参照)。
預貯金払戻請求権も金銭債権であるから、各相続人は、相続分の割合に応じて、独立して債権を取得し、金融機関において、後日、他の相続人から法定相続分と異なる払戻請求をされるおそれがあることは、払戻請求を拒否する理由にはなり得ない。
第3 当裁判所の判断
1 相続人が数人ある場合において、その相続財産中に金銭その他の可分債権があるときは、その債権は法律上当然分割され、各共同相続人は、その相続分に応じて、権利を承継するものと解される。
亡太郎の有していた本件の預貯金払戻請求権も、可分債権と解されるから、原告は、その法定相続分に応じて、権利を承継したものとして、その払戻請求権を行使できるものと解される。
2(1)被告東和銀行及び被告三井住友銀行は、本件では、亡太郎の共同担続人の間において.本件預金に関する遺産分割協議が成立する可能性が存するから、被告ら銀行は.債権の帰属未確定を理由に、原告の請求を拒否することができるなどと主張する。
しかしながら、本件では、原告は、本件払戻請求の訴訟を提起しており、本件各預金を遺産分割協議の対象としない意思は明らかというべきであり、本件各預金に関して遺産分割協議が成立する可能性があるとはいえないから、上記被告らの主張は、採用することができない。
(2)また、被告東和銀行及び被告三井住友銀行は、相続開始後、共同相続人問における遺産分割協議が成立する前においては、金融機関の実務として、共同相続人全員の同意に基づいて、共同相続人全員に対して一括して預金の払戻を行うことが慣行として行われており、これは事実たる商慣習となっているから、これを理由に払戻請求を拒否できるなどと主張する。
しかしながら、本件訴えの提起段階では相被告であった金融機関が、本件訴え提起後、原告からの払戻請求に応じたために、同被告については本訴が取下げに至った事実からしても、上記被告らの主張する商慣習が存在するとは認められない。
また、遺産分割は、時として相続人間に協議が整わず、解決まで長期間を要する事態が生じ得るが、その間、可分債権である金銭債権について、相続人全員の同意がなければ払戻を行わないといった慣行に、亡太郎が従う意思を有していたと認めるに足りる証拠は何ら存しない。
上記被告らの主張するところによれば、金銭債権である預貯金の払戻請求権については.相続人全員の同意等がなければ払戻を実行せず、一部相続人からの訴訟提起とその判決によって、ようやく払戻を行うといった運用が、一部金融機関で行われているとのことであるが、かかる運用は、可分債権である預貯金払戻請求権の性質を軽視するものであり、また、預貯金者に訴訟提起といった時間と経済的負担を強いるものであって、不適当な運用というべきものであって、かかる運用が商慣習として確立しているものとは認められない。
3(1)被告日本郵政公社は、郵便貯金については、預入及び払戻について、定額郵便貯金のような特段の制限は存しないために、相続については、民法の一般原則に従うこととなるが、各相続人の具体的相続分は、遺言、遺産分割協議、特別受益等により、法定相続分と異なる場合があり得るから、仮に相続分とその法定相続人が判明し、被告日本郵政公社が相続人の一部からの請求に基づいて法定相続分どおりの払戻の応じたとしても、後日、他の相続人から法定相続分と異なる払戻を請求されるおそれがあるので、原告の請求を拒否することができるなどと主張する。
(2)しかしながら、同被告も認めるとおり、貯金払戻請求権は金銭債権であり、各相続人は、法定相続分の割合に応じて債権を承継し、その権利を行使できるものであるから、その請求に従って適法に払い戻すことができるというべきであり、後日、他の相続人からこれと異なる払戻請求をされるおそれがあることは、払戻請求を拒否する理由にはならないというべきである。
第4 結論
以上のとおり、原告の請求は、いずれも理由があるから認容し、主文のとおり判決する。
(裁判官 浜秀樹)